2013年8月4日

呼ばれてしまった・・・?山村代官屋敷 ~西・山の会 下見行3~


さて・・・
40人引き連れての登山ツアーの下見は、1日目に連れて行く奈良井宿、清滝・新滝、2日目の登山口、宿泊施設と温泉、病院、お土産購入やトイレ休憩のための施設確認、全行程大型バスで支障ないかどうか等々・・・

滞りなく確認終わったね~やれやれ!

と言い合っていたら、下見メンバー4人組のひとりのくまちゃんがぽつりと「で、2日目雨降って登山できなかったときにはどうする・・・?」

んむむむ-!下見先は登山ができる前提の正規日程に沿ってしか考えてなかったよ~☆

でも、確かに降られたときに困るよね!というわけで、急遽旅行雑誌や道々GETしていたパンフレット類を広げて作戦会議。

見たら、御嶽山の麓の木曽福島あたりでも、地元の博物館、資料館とか郷土館、地元ゆかりの島崎藤村記念館もあるし、木曽義仲の里ということで関連の史跡なんかも結構あるね~。

と、リーダー格のけーこさんと私とでばばばばっと「義仲館」を中心にピックアップして、じゃ今回は予定もしてなかったし時間もないので、施設の中には入らないまでも、外観とか大型バスの道路アクセス状況とか料金とかだけでもチェックしとこうか、と動き始めたら・・・

山村代官屋敷も行かない? と、ピックアップの中に入っていなかった施設を言い出すくまちゃん。

山村代官屋敷というのは、約280年木曽谷を守ったお代官様のお屋敷跡です。




石垣をめぐらした門構えはなかなかのものです。
それでも、「代官屋敷」というほど大きなお屋敷でもないな~と思いながらバスが停められる場所を確認しつつ、門の中へ。




門を入ると右側にあずまや、左側にはちょっと由緒ありげなお稲荷さんの祠。

あまり気にも留めずに石畳をたどって玄関へ。
ここもフツーによく見られるような規模の玄関を入ると奥へと伸びる廊下がみえます。

料金とられるし時間もないので、当初予定通りここで車に戻ろう、と踵を返しかけたところで・・・


くまちゃんが、「中、見ていかないの・・・?」


え?ここには何か見どころでもあるの?そんなに見たかったの?と聞いても、当人は「いや、何となく・・・」

他のところではそんなこと言わないのに、ここだけやけに何でだろ?といぶかしく思いながらも、しゃーないね、じゃ、リクエストを聞きますか、と入り込みました。

展示や説明を見ると、実は山村代官屋敷ととして現在残っているのは、もともとのお屋敷の本の一部で、写真の図面のうち白い四角で囲ってある部分だけなのだそうです。

それだけでも資料館となるくらいの広さはあるんですけど(汗)




つまり、もともとの屋敷は相当!の広さがあったということ。

それもそのはず、この代官屋敷の主である山村氏は、関が原の戦いの際に徳川秀忠の先陣をを務めた功により木曽谷の徳川直轄支配を任される木曽代官となり、以後約280年間、良木を産する木曽の山々の支配と中山道四大関所のひとつ福島関所の関守をかねることで、強大な権力を誇っていたそうです。

そんな木曽代官の権力を垣間見れるのが、この饗応料理!
安政年間に、参勤交代で中山道を通る大名たちをもてなした料理を、日記を元に再現したレプリカだそうです。




江戸時代の、しかも木曽は山の中なのに、伊勢えびやハマグリや鯛がある!
車も冷蔵庫もない時代に、どうやって運んで、保存してたんでしょ?




また、写真斜め左上の箱にある「御氷餅」は凍み豆腐のことで、専門の製造所で作られて尾張藩主や将軍に献上されていたのだそうです。 




尾張徳川家をはじめ、参勤交代で木曽を通る大名たちは、その石高により膳の数は違うものの、「必ず!」これらの膳で饗応されなければならないことになっていたそうです。

そのことで、木曽には莫大な代金が落ちてくるとともに、大名たちの力を削ぐねらいもあったようですね☆


こちらは「築山泉水式」のお庭。
木曽駒ケ岳を借景にしているそうなんですが・・・残念ながら見えませぬ~☆




こちらは12代目山村良祺の書斎「看雨山房」。
ふすまにまで書画がいっぱい(笑)




室町時代の文明3年(1471年)銘の備前長船則光の刀も飾ってありました。
明治4年(1871年)の廃藩置県で山村氏の支配権は剥奪されてしまったそうですが、この刀はご子孫に守り刀として伝わっていたようです。




さて、あらかたササッと見終わったので帰ろうか~と言い出し始めたところに、この代官屋敷の職員の方?が来て、「せっかくいらしたんだから、しあわせになるものを見せてあげる」

こっちへいらっしゃい、と言われてぞろぞろとついていくと、小さな部屋の中に観音開きの扉のついた厨子が祭壇のようにして置いてあります。

なんでも、山村家は「木やり」を歌う狐に守られているという伝説があったのだそうです。
それで、門を入ってすぐのところに、江戸時代に建立されたというお稲荷さんの祠があったわけなんですが。

明治になって屋敷を取り壊した際に「白狐のミイラ」が発見されて、しかも横にぺたっと寝て発見されるのが普通のところ、このミイラは床下の柱に寄り添ってきちんと座っている姿だったので、これは山村家を守っていた狐にちがいないということで、大事に祀っているそうです。

で、「普段はお見せしてないんですけど、特別ですよ」と扉をサッと開けていただくと・・・

うわぁ、確かにちゃんと座ってる!これはすごい~☆
しかも、後から見たら、なぜか写真とれてないミステリーだし・・・(><)

でも、運がよければ拝見することができて、シアワセを持ち帰れるのだそうです♪
そっか、くまちゃん、お狐さまに呼ばれてたんだ。きっと登山ツアーもうまくいくね!




*<おまけ>*******

上諏訪温泉の片倉館は、片倉財閥の代表者で片倉製糸紡績㈱社長の二代片倉兼太郎が創業50周年を記念して建てた、昭和3年(1928年)主運行の洋風建築温泉施設で、現在でも深さ1.1mの「千人風呂」で有名ですが、なんと浴場、会館、渡り廊下の3棟が国の重要文化財に指定されてるそうです。

帰りに寄ってみました☆











ということは・・・重要文化財のお風呂に入れるんですね!
レトロな建物やお風呂を楽しめますし、屋上から諏訪湖も望めて、オススメです(^^)/